石川県地方議員団ドイツ視察報告
ドイツの戦後補償とエネルギー政策(脱原発)の現状について調査を行い,今後の地方行政に生かす目的で現地視察を行った.参加者は県内地方議員6名で,ドイツの法律政治に詳しい北陸大学の田村光彰教授に助言者として加わっていただいた.また,視察のコーディネートと現地での通訳兼ガイドを村田雅威さんに努めていただいた.
■ 参加者:盛本芳久(石川県議会),古河尚訓(白山市議会議員),山本由起子(金沢市議会議員),森一敏(金沢市議会議員),堂下健一(志賀町議会議員),浅村起嘉(小松市議会議員)
■ 視察先と行程
第1日:連邦議会,屋上施設 → ザクセンハウゼン元強制収容所 → 国立オペラ・シラー劇場
第2日:「記憶・責任・未来」財団 → ベルリン市都市開発交通局 → 市内ホロコースト追悼施設
第3日:チェチリエンホーフ宮殿(ポツダム会談会場) → ヴァンゼー会議会場 → ベルリンフィル
第4日:ブランデンブルク州経済・欧州対策省(エネルギー問題) → ヘニングスドルフ(バイオ暖房施設) → フェルドハイム「エネルギー村」
第5日:ローザ・ルクセンブルク財団(エネルギー,戦後補償問題)モドロフ元東独首相との交流 → ドイツ女たちの会(慰安婦問題支援活動)メンバーとの交流
以下,各視察の概要
1.連邦議会議事堂と屋上ドーム
帝政ドイツ(ヴァイマール)時代からナチスドイツ時代も国会議事堂で,第二次世界大戦後分断時代は使われなかった.ドイツ統一後大規模な修復がされ,現在連邦議会の議事堂となっている.現在はその前面部分が保存されている.議場の屋上にはガラスドームが設置され,可動式の鏡がプログラムによって,外光を議場に導く設計となっている.ドーム内はらせん式の階段が展望台へと伸び,そこからはベルリンの市内が一望できる.首相官邸も望むことができた.
このドームから議場が見える構造になっていたが,議場や議席は簡素な造りであり,日本の国会のような物々しさはなかった.議会中もこれを上部からのぞくことができるようだ.
9.11以降テロを警戒しての警備が厳しくなっていると言い,入場時のセキュリティーチェックは厳しいものだった.高校生が見学に訪れていた.
2.ザクセンハウゼン強制収容所
ナチスがベルリンの北に建設した強制収容所である.当初は政治犯や思想犯を収容するもので,いわゆる絶滅収容所ではなく強制労働のための収容所として建設されたが,開戦後には拷問や射殺,ガス室での虐殺も行われたという.開設時は2,000人余りの収容者だったが,大戦末期には47,000人に上っていたという.ここでは,イギリスの経済撹乱のための偽ポンド札づくりも行われたいたことも田村教授から説明があった.
二等辺三角形の敷地に,見張りしやすい放射状に並んだ収容
施設(バラック)の跡や,内部が復元公開されている施設がある.窮屈な3段ベッドや便所,収容者の中から任命した管理者用の別ベッド,また,鞭打ちや,つり下げを行う拷問の道具や柱,背後から銃殺したというスリットの入った身長計,ガス室,死者の焼却炉,逃走を防ぐ鉄条網と電気柵などホロコーストの状況を伝える様々な関連物が保存されていた.
収容所は基幹収容所と外部収容所とを合わせ最多で,1,200か所に及び,虐殺による犠牲者はユダヤ人など数百万人にのぼると言われている.
この施設にも,高校生たちが見学に訪れメモをとる姿が見られた.また,カップルで見学に来たとおもわれる若者たちもいた.自国の歴史と向き合い,その事実を学び,伝えようとする真摯なとりくみが行われていることがうかがえた.強制連行・労働や,従軍慰安婦,アジアにおける大量虐殺などなかったと主張する人々がなお存在し,その事実を直視し反省することを自虐的と称する日本の現状とは大きな違いがあることをあらためて感じた.「過去に目を閉ざす者は,未来に対してもまた盲目となる」というヴァイツゼッカーの大統領演説をこのドイツで思い出した.
3.ベルリン国立オペラ
ベルリンへ来たらオペラの鑑賞もしなければということで,シラー劇場で上演されているモーツァルト「フィガロの結婚」を鑑賞した.
現在,ベルリン国立歌劇場は改装中で,公演はシラー劇場で行われている.指揮は歌劇場総監督ダニエルバレンボイムである.本場で本物の世界最高のオペラを鑑賞でき,夢のようであった.これも,クラッシク音楽に造詣の深い森一敏金沢市議のお陰.そして,二日後,ベルリンフィルも聴いてしまったのだ.
第2日目の報告はまた・・・